› ラムネ屋トンコ › 第106回 昭和39年冬 高校3年のクリスマス・お正月

2017年12月01日

第106回 昭和39年冬 高校3年のクリスマス・お正月

第106回 昭和39年冬 高校3年のクリスマス・お正月
高校3年のクリスマスキャロリングとキャンドルサービスも例年通り。
だが、岩国基地で働く青年ダンさんの参加は新しいことだった。
夏休み高校生会活動中に、ダンさんがナナハンオートバイ(大型750cc)でツーリング途中に立ち寄ったのだ。
その後、彼は毎週のようにやってきて、高校生会の活動に参加した。
英文科志望の礼子ちゃんは、英語を使っておしゃべりをしている。
私は、ダンさんの片言の日本語に付き合い簡単な日本語で返事をし、時には日本語を教えることになった。
親しくなった高校生会のみんなともダンさんとも、春にはお別れになるので、本当にひさしぶりに新年かるた会を開くことにする。
隣接する叔父一家が住んでいた家(借家にしていたが当時は空き家)に20人位集まった。
その頃は、二つの部屋の間の襖を取り除けば広間になったので大丈夫。
百人一首は一回だけだが、ゲームをしたり歌ったり楽しく過ごす。
私は、高校生会で有意義な時を過ごせた感謝の気持ちを伝えた。
その後も、昨年同様ピアノの練習を続け受験に備えた。
1月15日に、年賀状の当選番号の発表があり、和子ちゃんから来た年賀状の番号が特等(ダブルのフランスベット)と同じ番号だと発見。
見間違えかもしれないと思い、家族に確かめてもらい、当選が確定し大喜びする。
次の瞬間、ダブルベットをどの部屋に置くかの相談が始まった。
が、和子ちゃんのお父さんは、長年病気で床の上で過ごしておられることを思い出す。
そこで、和子ちゃんの家に「ダブルベットが当たったのよ。使いませんか?」とたずねに行く。
「ベットは軟らかすぎるし大きすぎるから。」と遠慮されてしまった。
そこで、表側の客間に置くことに決めて、当選した和子ちゃんからの年賀状を、郵便局に持っていく。
すると、母方の叔父が出てきて、当選証書を手渡してくれた。
郵便局の責任ある立場になっていた叔父は、自分のことのように喜んで、「近いうち届くぞ。」と言う。
数日後、地方紙の新聞記者が来て、「誰からの年賀状ですか?」など聞き、「写真を撮らせてくれ。」と。
2・3日後、年賀はがき特等当選者3人の写真入りの記事が載った新聞が届いた。
自分の写真が載るのは初めてで恥ずかしいが、小さい記事で目につきにくいので、よかったと思う。
今だったら、個人情報保護で考えられない記事だが、昔はのんびりしていた。




Posted by トンコおばあちゃん at 07:28│Comments(0)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。