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2014年02月12日

第23回 昭和30年夏 初めての一人旅

第23回 昭和30年夏 初めての一人旅
今までは長い休みの時、田舎のおじいさんの家に、必ず姉と一緒に行っていました。
ところが、姉が中学生になりクラブ活動があるので、4年生になった今年の夏は、私1人で行くことになりました。
母は、私が持っている物や袋を、グルグル回さなくなったので、安心しているようです。
駅まで送り切符を買ってくれて、おつりの10円玉を私のさいふに入れながら「これはバス代よ。」と母が言います。
「2つ目の島田駅で降りるんよ。」
「駅前の肉屋さんで牛肉を100匁(もんめ)買うんよ。」と、100円札もさいふに入れました。
ホームに黒い大きな機関車が列車を引っ張り、ガタゴト入って来て止まりました。
「お肉を忘れんでね。バスの停留所は安田よ。」と母。
「はーい。行ってきまーす。」と汽車の窓から、手を振りました。
間もなくトンネルです。
窓を閉めたのに、隙間から機関車の煙突から出る黒い煙が、中に入ってきます。
なんだか顔や鼻の穴が、黒くなったような気がします。
1つ目の駅を過ぎると、すぐに2つ目の島田駅に着きました。
駅前の肉屋さんで、お肉をちゃんと買いました。
お店のおばさんが、ハランの葉を乾かしたものに包んでひもをかけて、持ちやすいように先を輪にしてくれました。
宿題の『夏のとも』と着がえの入ったバッグの中に、さいふもあります。
「安田に止まりますか。」と確かめて、バスに乗ったので安心です。
バスの窓から外を見ると、田んぼの青々とした稲が、風に吹かれて波のように揺れています。
春休みにおじいさんの家の近所の男の子と遊んだこと、にわとりに餌をやったことなど思い出しました。
そして、おじいさんに叱られたらしいことも、頭に浮かびました。
おじいさんの家で、夕ご飯の時、私がおしゃべりをしている間に、おじいさんがおかずのお皿を取って、隠したのです。
私は気づかずに、ご飯とお汁を食べて「ごちそうさま。」をしました。
あとで姉が教えてくれても、おかずのことを思い出せませんでした。
次の日は、おしゃべりばかりして夕ご飯を食べないので、「としこはお行儀が悪いから、押入れで考えなさい。」とおじいさんが言って、私を押入れに入れて、戸をピシャリと閉めました。
しばらくして、「おじいさんに、『ごめんなさい。』と言いんさい。そうしたら出してくれるから。」と戸の外から、おばあさんの声が聞こえました。
でも、遊びすぎて眠いので、ウトウトとそのまま眠ってしまったようです。
翌朝、目が覚めて「あら、いやだー。 こんなところで眠って、寝ぼけたんかな。」と言いながら、井戸端へ行きました。
冷たい井戸水で顔を洗って、おじいさんとおばあさんに「おはよう。」と、挨拶しました。
お腹が空いていて、朝ご飯を黙ってたくさん食べたので、叱られませんでした。
「きのう、お行儀が悪いんで、押入れに入れられたんを、覚えちょらんの? 」と姉が聞きましたが、私はすっかり忘れて、思い出せません。
お行儀がよい姉は、いつも誉められますが、私は誉められたことはありません。
しかし、卵が毎日食べられるし、楽しいことがたくさんあるので、おじいさんのところは大好きです。
その時、「まもなく、安田です。」と車掌さんの声が聞こえました。
「はーい、おりまーす。」と、私はバッグを持ってバスから降りて、バス停のお店に飛び込みました。
だって、バスの排気ガスが、大嫌いだからです。
ところが、お肉が無いのです。
私はあわてて排気ガスを気にせず、走り出したバスを追いかけました。
「バスまってー。お肉まってー。」と、必死で走っても、追いつくはずがありません。
それでもバスが見えなくなるまで、走りました。
夏の太陽がまぶしく熱く照っていて、汗だくです。
着くのが遅いので、おじいさんが心配して、迎えに来ました。
お店のおばさんが、バスセンターに電話をしてくれました。
終点まで行って帰ってくる時、バスにお肉をそのまま乗せて、届けてくれるそうです。
「届いても暑いので、腐って食べられんじゃろう。」とおじいさんとお店のおばさんが、話しています。
私は悲しくなり涙が出そうでしたが我慢して、おじいさんの家に向かいました。
家に着くと、おばあさんが冷たい井戸水を、汲んでくれました。
水を飲んでから、小さい声でおじいさんとおばあさんに「お肉をバスに忘れたの。ごめんなさい。」と言いました。
「としこがバスから降りるのを忘れんで、無事着いてよかったのう。」とおじいさん。
たまった涙が、目から流れ落ちます。
「今夜は卵を産まんようになった鶏を、食べることにしよう。」と、おじいさんは、縁側の下に作った鶏小屋から、鶏を1羽取り出して、首を締めたようです。
羽を全部とった裸の鶏を、おばあさんに渡しました。
おばあさんは、おじいさんが畑で作った玉ねぎと鶏肉とたっぷりの卵で、オムレツを作って「きょうは大ごちそうじゃ。」とニコニコです。
私は、バスを追って走りお腹がすいたので、黙ってよく噛んでたくさん食べました。
「今日は行儀よく、しっかり噛んで食べたのう。感心じゃ。」とおじいさん。
私は初めて誉められたので、びっくりしましたが嬉しくてたまりません。
つぎの日、私は「きのうの鶏がかわいそう。」とおじいさんに話しかけました。
「もう卵を産まん鶏は、みなすぐに食べられる運命じゃ。」
「感謝して食べるとええんじゃ。粗末にせんで食べることが大切じゃ。」とおじいさんが応えました。
おばあさんが、昨夜の残りの鶏肉を甘辛く煮てから、爪楊枝にさしています。
私は心の中で「ありがとう」と言って、おいしいので何本も食べました。
「しっかり食べたなあ。いいぞ。」とおじいさんが、また誉めてくれました。
近所の男の子と朝も夕方も遊び、もう一泊しました。
そして、幸せな気持ちで無事に我家に帰り、バスにお肉を忘れたことを、まったく思い出しませんでした。




Posted by トンコおばあちゃん at 10:36│Comments(0)
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