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2014年02月16日

第25回  昭和30年冬 盗人にも三分の理 

第25回  昭和30年冬 盗人にも三分の理 
4年生の11月末の夜中の事です。
「火事だー! 角の家が火事だー!」と大声が聞こえます。
「バンバンバーン」と、ブリキのバケツを棒で叩くような音も、響きわたりました。
誰かが、ダダダダアーと前の路地を走っています。
父が寝巻きのまま出て行きました。
我家の斜め前の角の家は、おじいさんとおばあさんの二人暮らしです。
すぐ近くのなので、私も見に行こうとしましたが、足がガタガタ震えて下駄が履けません。
「火は消したぞー! 火事場泥棒に気をつけろー! 帰って戸締まりをして下さーい!」と隣のおじさんが叫んでいます。
「放火らしい。縁側の下に新聞紙と木の枝の燃えカスがあった。」と、帰って来た父が言いました。
「見かけん男がうろついちょったらしい。年寄りの家じゃから、近所のみんなが消しに行くから、その間に泥棒に入ろうとしたに違いない。悪いことをする奴じゃ!」と怒った声です。
父は、我家の窓や戸のカギを点検して「もう大丈夫じゃ。明日は仕事じゃ。睡眠不足になるから、ひと眠りしよう。」と言って、寝床に入りました。
私はすぐには落ち着かず、なかなか眠れません。
外では足音がして、話し声も聞こえます。
やがて、なにも聞こえなくなり、いつの間にか眠ってしまいました。
翌朝、角の家の垣根から中をのぞくと、おまわりさんが来て調べています。
縁側が少し燃えたらしく、焦げた臭いが漂っています。
火事を知らせるために叩いたバケツと箒も、見えました。
近くの人が集まり、「大事にならんでえかった。」と口々に言っています。
その日の夕方は早くから、父は戸締りを始めました。
「『盗人にも三分の理』と言うて、盗人が盗みをするのにも、それなりの理由があると言う諺がある。」
「『罪を憎んで、人を憎むな』と言う諺もあるが、放火は絶対に許す訳にはいかん!」と父の厳しい声です。
「戸締りをちゃんとしちょけば、泥棒はできん。これで大丈夫じゃが、用心が大事じゃ。」と言って、太目の長い棒を枕もとに置きました。
その日は好きなラジオ番組がないので、父が「トランプをしよう。」と言います。
「七ならべ」の後、「ばばぬき」をしていると、「火の用心。」の声と、拍子木を打つカチカチという音が外から聞こえます。
町内の若いお兄さん達が、夜回りをすることになったのです。
「火の用心の夜回りは、放火も泥棒も防ぐことになるんじゃ。これで安心じゃ。」と、父が言います。
トランプの後、父が2年生の弟に、小刀で鉛筆の削り方を教え始めました。
私には、2年生の終わり頃、ラジオを聞いた後に何回か教えてくれたので、だいぶ上手になりました。
そうこうしていると、みんな眠くなったので、寝床に早くつきました。
しばらく何事も無く、町内は静かでした。
年末が近くなり、我家では毎年お正月に家族写真を撮るので、カメラが話題になりました。
さあ大変! 表の間に掛けてあった、カメラが見当たらないのです。
火事の翌日には確かにありました。
我家は夜の戸締りは、ちゃんとするようになりました。
昼間はラムネを製造する手伝いの人が来るし、ラムネを運ぶために軽自動車が来るので、いつも父か母が必ず家にいます。
ですから、表の玄関も縁側も、製造場の大戸も開けっぱなしです。
寒くなったので戸を締めても、昼間はカギをかけません。
何時からカメラがないのか、分からないので、父はがっかりしています。
以前は隣の中学生のいとこが、お正月の家族写真を写してくれていました。
しかし、いとこ達が引っ越したので、1年前に父がカメラを買って来たのです。
掛けていたカメラが、外から見えて、泥棒に取られたに違いありません。
「念のため、警察に届けよう。」と、父は出かけました。
「盗まれた物は、ほとんど返ってこんらしい。」と帰って来て言います。
そして家中を見回し、「これで金目の物は無(の)おなった。泥棒が入ることはないじゃろう。」と落ち込んだ様子はなく、むしろホッとしているようです。
「泥棒がカメラを質屋に出して、年越しの金にしたんかもしれん。」と、もうあきらめたようでした。
しばらくして「泥棒が捕まり、我家のカメラを盗んだことを白状した。」と警察から連絡がありました
泥棒がカメラを知らない人に安く売ってしまったそうで、もう帰ってこないことが、明らかです。
お正月に、いとこ達がカメラを持って来たので、家族写真を撮って貰いました。
毎年正月に、我家では、父が百人一首のかるた会を開いています。
いとこや近所の数人の子ども達が、集まりました。
中学生の従兄が1番たくさん札を取り、みかん10個のほうびを貰い得意顔です。
年末から、私は「大江山生野の道の遠ければ、まだ文も見ず天の橋立」などを覚えました。
8枚の札を取れて、みかんを3個もらっていい気分です。
その後、いとこと私達姉弟が「一年の計は元旦にあり」の言葉通り、「一年の計」を発表します。
私は「今年は忘れ物をしないようにします。」と言い、父からお年玉を貰いました。
カメラがあった方がいいのですが、値段が高いので当分の間、父は買いそうにありません。
お年玉を貯めても、なかなか買えそうにありません。
従兄が来年のお正月も、カメラを持って来て、家族写真を撮ってくれるので、よかったと思います。



Posted by トンコおばあちゃん at 10:33│Comments(0)
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