› ラムネ屋トンコ › 第36回 昭和32年1月 初釜

2014年03月14日

第36回 昭和32年1月 初釜

第36回 昭和32年1月 初釜
5年生の秋から、茶道の稽古を始めました。
茶道の先生は、私が姉のお点前を見て、順番を覚えるとよいと思っておられるようです。
姉の稽古を見ていると時間が長くなるので、私は足がしびれます。
だから、私はなるべく1人で先に行って、私のお稽古を先に見てもらうことにしていました。
3ヶ月たったので、お客さんになっておしとやかに座っていたり、お菓子やお茶(お薄)を頂くことだけには、だいぶ慣れてきました。
12月の最後のお稽古の時、「1月に『初釜』を開きますから、お姉さんと一緒にいらっしゃいね。」と先生がおっしゃいました。
新しい年のお正月が過ぎ、初釜の日です。
母に着物を着せてもらい、姉と一緒にお寺に出掛けました。
お弟子さん全員が、着物を着ていてとてもきれいで、映画で見た「あんみつ姫の御殿」のようです。
おしとやかに上手にお客さん役をしようと思い、私は少し緊張しています。
みんなで挨拶をした後、お弟子さん達のお点前が始まりました。
姉がお点前が終わるごとに、茶室から出て手招きします。
便所に行ったり、足踏みしたりして、足がしびれないようにするためです。
数人のお弟子さんのお点前が終わって、昔風のお正月の会席料理が出ました。
昨日からお弟子さん達みんなが、協力して料理したそうで大ご馳走です。
大小の食器に、煮物や焼いた物などが、彩りよく盛ってあります。
周りのお弟子さんの真似をして、私は上品においしく頂きました。
しかし、足がしびれないように動きすぎたせいで、着物の前がはだけて広がり膝が出そうです。
茶室を出て直そうとすると、かえって着物のすそが広がります。
お弟子さんで近くの染物屋さんのお姉さんが、腰紐をほどいてすそを直して、結び直して下さり助かりました。
終わってから後片付けがあるようですが、お弟子さん達が、「帰っていいですよ。」と、私に言いました。
長時間おしとやかにしていて疲れたし、足もしびれているから、手伝って食器を割るといけないので、私は先に帰りました。
昔の女の子役も大変なことが分かりましたが、大失敗しなかったので、初釜を楽しく感じました。
つぎの稽古の日、「お薄を立てましょう。」と先生がおっしゃいました。
私はまだ手順を覚えていません。
先生が順番を教えて下さるので、その順番通りお手前を始めました。
おなつめを落とさないことだけには、じゅうぶん気をつけたつもりです。
お抹茶を茶碗に入れて、茶せんをふるのですがうまく回りません。
先生が仕上げをして下さり、「としこさんどうぞ。」とすすめて下さいました。
そのお薄のお茶碗を右手で持ち上げて左手にのせて、両手で持ち上げ右手で少し回して、お茶碗の中央をさけて、三口半でおいしく頂きました。
冬なのでお湯を沸かすお釜は、畳を切り取って作った炉の中の五徳の上に置いてありました。
そのお釜に水をそそぐ時のことです。
なんと、お釜の外側と炉の中の灰と炭の上に、水をこぼしてしまいました。
ジューと音がして、灰が炉の周りの畳に舞い散り、もうもうと煙が立ちました。
先生もびっくりして、茫然と座っておられます。
そこへ、住職さんが入ってこられて、「火傷せんでよかったのう。」と慰めて下さいました。
しばらくすると、灰けむりも落ち着いて来たので、私はお掃除を終えて、早々に玄関を出ました。
私が失敗した時、いつも来ている作業服の若いお坊さんが、今日はいないので、ああよかったと思いました。
その時、門から油汚れの付いた作業服を着た、髪の毛をきちんとしたお兄さんが、やって来るのに気がつきました。
あっ! 失敗した時いつも来ていた、あのお兄さんです。
私は、今日は失敗を見られなかったので、にっこりしました。
お兄さんもにっこり会釈をしました。
お兄さんは、初めお坊さんかと思ったのですが、思い違いだったのでしょうか?
家に帰ってから、初め坊主頭でお坊さんのようだったけど、今は髪の毛を伸ばして工場で働いているようなお兄さんのことを、父に話しました。
「罪を犯して刑務所や少年院に入っていた人が出てきて、しっかり働いて暮らせるよう手助けする保護司の役を、住職は引き受けておられるんじゃ。立派な人じゃ。」
「刑務所ではみんな坊主頭にされるんじゃ。だから坊主頭の人が、時々お寺の住職を訪ねてくるんじゃ。」と父が話しました。
私は油汚れの作業服を着たお兄さんを思い浮かべて、しっかり働いていることが分かりました。




Posted by トンコおばあちゃん at 06:48│Comments(0)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。