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2014年01月09日

第7回 昭和28年初め いじわるばあさん

第7回 昭和28年初め いじわるばあさん
1年生の3学期が始まり、2月に学芸会が開かれると知らされました。
担任の先生が、「合唱に出たい人はいますか?」
「踊りがいい人は?」など、みんなに聞きます。
劇の希望者が少ないので、「としこさんは劇にしたら。」と先生。
私は自分では決められなかったので、うなずきました。
他の4人と一緒に劇の教室に行くと、「1年生は、したきり雀の劇です。」と、劇の担当の先生が言いました。
台本をみんなで読んだ後、先生が役の希望を聞きます。
雀やおじいさんや竹やぶなどの役の希望者はありますが、いじわるばあさんの希望者だけはありません。
先生が女子の中でも強そうな2人の方を見て、「ひろ子さんかとしこさんが、おばあさん役になったらどうかしら?」と、みんなに聞きました。
みんな大賛成のようでした。
そこで、2人がおばあさんの台詞を、読みましたが、2人とも小さい声です。
だって、いじわるばあさんに、なりたくなかったからです。
「明日もう一度読んでもらって、大きい声が出る方に決めましょう。」と先生。
私は、家に帰ってから縁側に座って、どうしようかと考えていました。
ガラス戸の外の葉っぱの落ちた枝だけのもみじの木が、目に入りました。
その向うを、隣のおばさんが怖い顔で、下駄の音をたてて歩いています。
隣の3人のいとこを産んだお母さんは、10年前に亡くなりました。
5年前におばさんがやって来て、そのおばさんに赤ちゃんが生まれました。
1番上の中学のお姉さんは、いつも妹の赤ちゃんをおんぶして、大きい桶に水を汲んで、手でゴシゴシと洗濯をしています。
この前、ラムネを作りに来ているおばちゃん達が、「かわいそうに。明日期末テストがあるのに、妹をおんぶして洗濯しちょるよ。」と言っていました。
兄弟2人があまりお手伝いをしないと言って、おばさんはいつも怒った目や顔をしていて、今日も兄弟をにらんでいます。
だいぶ前、私は「隣のおばさんは、いつも怖い顔をしているのに、どうして赤ちゃんはかわいい顔をしちょるの?」と、おばあちゃんに聞きました。
「そんなことは、2度と言うちゃぁいけん。」と言って、なにも応えてくれないので、よく見ることにしました。
おばさんが、3人のいとこをいくら怒っても、いとこ3人は妹を可愛がります。
おばさんが留守の時、兄弟2人は激しい兄弟げんかをしますが、妹には優しいのです。
3人のいとこが優しく可愛がるから、赤ちゃんがかわいいのだと思いました。
また、中学生のお兄ちゃんは笛吹童子などが聞ける鉱石ラジオを作ることができるし、小学生の従弟は彫刻刀で木の枝でおもちゃの動物を作れます。
3人を本当に感心な姉弟と思い、大好きですが、おばさんを好きになれません。
おばさんの真似をすれば、いじわるばあさんの役ができると、思いつきました。
劇の台本を開いて、私はいじわるな声で台詞を読んでみました。
「いじわるばあさん役を、私がするのがいいわ。おばあさん役をしよう。」と、心に決めました。
あくる日の劇のけいこの時間、「ひろ子さんから先に読みましょう。」と、先生。
ひろ子さんは大きい声で読みました。
もう決まりという雰囲気です。
「つぎ、としこさんどうぞ。」の先生の声。
「のりがない! のりがない!」「おまえが食べたな。おまえの舌を切ってやるー。」と、いじわるな大きい声で叫ぶように言いました。
みんなビックリして、ひろ子さんも、私の方がよいと思ったようです。
いじわるばあさん役は、私に決まりました。
4年間位病気だった母は、ずいぶん元気になったようです。
おばあちゃんの古い着物をほどいて、いじわるばあさんの着物に、小さく縫い直してくれました。
学芸会当日、私はいじわるばあさんを、演じきりました。
「いじわるばあさんらしかったよ。」「ほんとうにいじわるに見えたよ。」と、みんなが誉めるように、言ってくれましたが、私はあまり嬉しくありません。
雀になったきれいな着物姿の子達は、誉められてよりかわいらしく見えます。
特にいじめられる雀になった裕子ちゃんと、優しいおじいさん役の男子は、「上手だったよ。」とみんなに誉められて、人気者になりました。
私は周りから、いじわると思われているように感じます。
したきり雀のおばあさん役をして、よかったと思えず無口になりました。
しばらくして、いじめられた雀役の裕子ちゃんが、私と親しくしてくれるようになりました。
いじわるばあさん役といじめられた雀役の2人が、親しくなるのは不思議な感じ。
ですが、私は裕子ちゃんと友達になれたので、沈んだ気持ちから明るくなり、またおしゃべりになりました。
次は優しい女の子の役ができますようにと、心の中で願いました。



Posted by トンコおばあちゃん at 10:51│Comments(0)
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