› ラムネ屋トンコ › 第10回  昭和28年秋 台風の目?

2014年01月16日

第10回  昭和28年秋 台風の目?

第10回  昭和28年秋 台風の目?
2年生の9月、「台風がこの近くに上陸します。」と、ラジオの天気予報が伝えました。
午後の授業は切り上げになり、私達は急いで集団下校しました。
雨が降り続いたら、今夜の満潮の時、切戸川の堤防から多量の雨水と海水が流れ出るかもしれないそうです。
学校から家に帰った時、「便所に水を入れてやー。」というおじさんの声が、外から聞こえます。
「はーい。」と返事をして、私はバケツに水を入れて、便所の便壷に流しました。
その頃は水洗トイレではなく、便器の下には大きい便壺があり、便や尿が溜まるようになっていました。
便壷が一杯になったら、農家のおじさんが勺で汲み出して木の桶に入れます。
それを畑のそばにある野壷まで運び、移します。
便や尿を野壺にしばらく置いておくと、肥料になるので、農家の人達は大切にしていました。
便や尿を汲み取った後の便壷に水を流し入れると、おじさんが最後にきれいに汲み取ってくれます。
便壷に水を入れて、「ありがとう。」とおじさんにお礼も言うことが、我家の子どもの役目でした。
今夜、海や川からの水が便壷に流れ込むと、便や尿が外に流れ出るかもしれません。
だから、農家のおじさんが、浸水しそうな便壷の便や尿を、浸水しない高い土地にある野壺に、運ぶのです。
また、浸水の恐れのある野壺の便や尿も、高い所の野壺に移しているので、心配いりません。
しばらくすると、近所のお兄さんや若いおじさん達が、「畳が水に浸かるかもしれんのー。」と言って、我家に集まって来ました。
我家は、町内で一番低い土地に建っていたのです。
伯父さん達は、慣れた手つきでたんすや畳を持ち上げて、床板の上に並べたラムネの箱の上に乗せてくれました。
雨が降り始め、激しい風が吹いてきましたが、急に雨が止み風がゆるやかになりました。
「台風の目じゃー。」と、外に出たお兄さんの声が聞こえます。
私は台風の目を見たくなり、窓ガラス越しに外を見ましたが、分かりません。
ヨイショと重たい窓をあけて、首を出して台風の目を探しましたが、見つかりません。
ふと上を見ると空全体が灰色の雲ですが、真上だけまあるく明るい青空が、目に飛び込んできました。
「これが台風の目だ。」と見ていると、また強い風がビューと吹いて来ました。
あわてて窓を閉めようとしましたが、なかなか閉まりません。
私も畳も吹き飛んで、ドターンと床板に倒れてしまいました。
外のお兄さんが「どうしたんじゃ?」と、部屋に入って来ました。
「台風の目を見たくて窓を開けたの。大丈夫よ。」と私。
「としちゃんのやりそうなことじゃ。」とにやりと笑って、お兄さんは窓を閉めてくれました。
そして、畳をまたラムネの箱の上に乗せてから、帰って行きました。
おにぎりだけの夕ご飯が終わって、私達きょうだいは我家より一段高い土地に建つ、隣のいとこの家に避難しました。
外はますます激しい風と雨になりましたが、家の中は静かで、いとこ達とトランプをして楽しい夜です。
布団に入る前に、玄関のあたりでぴちゃぴちゃと水の音がしたのですが、風や雨は弱くなってきました。
「ここは水につかったことはないから、大丈夫じゃ。」と中学生の従兄が言ったので、2階で安心して眠りました。
つぎの朝、外は嵐が去ってよい天気。
「おねしょした!おねしょした!」と照れ笑いする弟の声で、目が覚めました。
弟はおねしょなんか気にしないで、おどけて元気に我家に帰って行きました。
1階から「また、おねしょして、臭いなー。」「いつまで、おねしょするつもりじゃ!」と、おばさんの声が聞こえます。
小学生の従兄が、ひどく怒られてしょんぼりしています。
我家では弟はしばしば、私と姉はたまにおねしょをしていますが、叱られたり怒られたことはなかったので、驚きました。
家に帰ってみると、床下まで来た水は引いていました。
台風の後片付けは、大変です。
父は外のはき掃除のあと、「日光消毒ができん所は、薬で消毒せんにゃあいけん。」と言いながら、家の床下や製造場に白いDDTをまいています。
近所のお兄さん達がまた手助けに来て、畳やたんすを元通りにしてくれました。
「3時間目から授業を始めます。」と小学校から、我家に電話連絡があったので、町内のみんなに知らせて、集団登校です。
学校に着くと、教室で「台風の目が通ったなー。」「静かになったので分かったわー。」と、クラスの男子達が言っています。
私が「台風の目を見たよ。」と言うと、みんなは「へーエー?」と変な顔です。
みんなは家の中にいて、あの台風の青い目を見ていないことに、気づきました。
私は内緒にすることにしました。



Posted by トンコおばあちゃん at 16:45│Comments(0)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。